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福岡地方裁判所 平成5年(わ)79号 判決

主文

被告人を懲役三年に処する。

この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、福岡県弁護士会に所属し、福岡市中央区〈地番略〉三階に甲野法律事務所を設け、弁護士としてその業務に従事していたものであるところ

第一  昭和六一年九月一九日福岡地方裁判所裁判官から破産者春山良郎及び春山花子に対する各破産事件の各破産管財人に選任され、同破産財団に属する金銭等の財産を占有管理する職務に従事し、同年一二月一九日、右春山良郎の破産財団に属する福岡市城南区〈地番略〉所在の宅地ほか四筆の土地及び同所所在の建物二棟並びに右春山花子の破産財団に属する同所所在の建物一棟を各売却した代金から右宅地等の根抵当権者らへの弁済を行うなどして残った六五五万六〇一六円を右建物の賃借人らへ立退料を完済するまで暫定的に親和銀行大名支店に開設した自己名義の預金口座に入金して右両破産財団のため業務上預かり保管中、同六二年三月一三日、前記甲野法律事務所において、立退料残金の支払いを完了し、右売却代金の残金が二五五万七九一六円であることが確定したのであるから、右金銭を同破産事件における第一回債権者集会の決議によって、指定された預金口座に入金して保管すべき破産管財業務上の義務があるにもかかわらず、右金銭を自己の用途に充てるために右義務を怠って右口座に入金せずに前記自己名義の預金口座に留保して着服し、もって横領し

第二  同六〇年一二月一三日福岡地方裁判所裁判官から破産者株式会社夏村モータースに対する破産事件の破産管財人に選任され、同破産財団に属する金銭等の財産を占有管理する職務に従事していたものであるが、同六三年一月二〇日、同市中央区大名二丁目二番二六号所在の親和銀行大名支店において、ほしいままに、情を知らない前記甲野法律事務所事務員秋田E子を介して、自己が同破産財団に属する金銭を寄託して業務上占有管理していた預金口座である株式会社夏村モータース破産管財人甲野一郎名義の普通預金口座から現金一〇〇万円を自己の用途に充てるため払い戻して着服し、もって横領し

第三  同五九年一一月二日長崎地方裁判所厳原支部裁判官から破産者安田石油店こと安田A子に対する破産事件の破産管財人に選任され、同破産財団に属する金銭等の財産を占有管理する職務に従事していたものであるが

一  同六三年一二月八日、同市中央区赤坂三丁目一三番二四号所在の十八銀行赤坂支店において、ほしいままに、情を知らない前記秋田E子を介して、自己が同破産財団に属する金銭を寄託して業務上占有管理していた預金口座である十八銀行対馬支店の安田石油店破産管財人甲野一郎名義の普通預金口座から現金三〇三万六九九五円を自己の用途に充てるため払い戻して着服し

二  平成三年一二月二四日、前記十八銀行赤坂支店において、ほしいままに、情を知らない前記秋田E子を介して、右普通預金口座から現金九〇万円を自己の用途に充てるため払い戻して着服し

もってそれぞれ横領し

第四  同年一〇月一五日、前記甲野法律事務所において、行使の目的をもって、ほしいままに、あらかじめ入手した福岡法務局供託官長野博美の記名押印のある同供託官が供託の受理を証明した公文書である平成三年九月二四日付け供託書写真コピーの申請年月日欄の「9」、「24」、供託者の住所氏名印欄の「福岡市博多区〈地番略〉加川B男」、被供託者の住所氏名欄の「福岡市博多区〈地番略〉砂井C男」、供託金額欄の「¥25」、法令条項欄の「保全法」、裁判所の名称及び件名等欄の「福岡地方」、「(ヨ)」、「債権仮差押命令申立」、供託の原因たる事実欄の「⑦」の各記載部分をカッターナイフで切り抜いて電子複写機を用いて写真コピーし、その写真コピーの申請年月日欄に「2」、「8」、供託者の住所氏名印欄に「鹿児島市〈地番略〉田井D次」、被供託者の住所氏名欄に「鹿児島市〈地番略〉冬村リース株式会社」、供託金額欄に「¥2800」、法令条項欄に「執行法」、裁判所の名称及び件名等欄に「鹿児島地方」、「(モ)」、「競売停止」、供託の原因たる事実欄中の番号4に「〇」をそれぞれ記入した上、電子複写機を用いてその写真コピーを作成し、もって、右供託官長野博美の記名押印のある同供託官作成名義の二八〇〇万円の供託を受理した旨の供託書の写真コピー一通を偽造し、そのころ、同所において、田井D次に対し、右供託書写真コピーが真正に成立したもののように装って提出して行使し

第五  昭和五七年三月三一日福岡地方裁判所裁判官から破産者E食品株式会社に対する破産事件の破産管財人に選任され、同破産財団に属する金銭等の財産を占有管理する職務に従事していたものであるが、平成三年一〇月二五日、前記親和銀行大名支店において、ほしいままに、自己が同破産財団に属する金銭を寄託して業務上占有管理していた預金口座であるE食品株式会社破産管財人甲野一郎名義の普通預金口座から現金五〇〇万円を自己の用途に充てるため払い戻して着服し、もって横領し

第六  平成四年七月下旬ころ、前記甲野法律事務所において、行使の目的をもって、ほしいままに、あらかじめ入手した福岡法務局供託官長野博美の記名押印のある同供託官が供託の受理を証明した公文書である平成四年一月二八日付け供託書写真コピーの申請年月日欄及び作成日付の「1」、供託書の住所氏名印欄の「福岡県筑紫野市〈地番略〉株式会社オツノ代表取締役乙野F二 福岡市中央区〈地番略〉司法書士丙山G助」、被供託者の住所氏名欄の「福岡県太宰府市〈地番略〉T田N男」、供託金額欄の「¥80000」、受理番号欄の「3」、裁判所の名称及び件名等欄の「(ト)」、「22」、「債権仮差押命令申立」、供託の原因たる事実欄の「⑦」の各記載部分をカッターナイフで切り抜いて電子複写機を用いて写真コピーし、その写真コピーの申請年月日欄及び作成日付に「5」、供託者の住所氏名印欄に「福岡県粕屋郡〈地番略〉戊村K男 福岡市中央区〈地番略〉供託者代理人甲野一郎」、被供託者の住所氏名欄に「福岡県粕屋郡〈地番略〉羽田M一」、供託金額欄に「¥5000000」、受理番号欄に「4」、「1」、裁判所の名称及び件名等欄に「(ヨ)」、「1841」、「建築続行禁止仮処分」、供託の原因たる事実欄名の番号9に「〇」をそれぞれ記入した上、電子複写機を用いてその写真コピーを作成し、もって、右供託官長野博美の記名のある同供託官作成名義の平成四年五月二八日に五〇〇万円の供託を受理した旨の供託書の写真コピー一通を偽造し、そのころ、右供託書写真コピーが真正に成立したもののように装って福岡県糟屋郡〈地番略〉所在の戊村K男方に郵送し、右戊村K男に提出して行使し

たものである。

(証拠)〈省略〉

(法令の適用)

罰条

判示第一ないし第三、第五の各行為につき

それぞれ刑法二五三条

判示第四、第六の事実の各行為のうち

有印公文書偽造の点につき

それぞれ刑法一五五条一項

偽造有印公文書行使の点につき

それぞれ刑法一五八条一項、一五五条一項

科刑上一罪の処理 判示第四、第六の各罪につき、刑法五四条一項後段、一〇条(犯情の重い各行使罪の刑で処断)

併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(刑及び犯情の最も重い判示第四の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で処断)

刑の執行猶予 刑法二五条一項

(量刑の理由)

本件は、弁護士であった被告人が、裁判所から破産事件の破産管財人に選任され、その職務の遂行として預かり保管中の破産財団に属する金銭を、事務所経費や自己が預かり保管していた他事件の和解金を費消した穴埋め等自己の用途に充てる意思で着服横領した事案(判示第一、第二、第三の一及び二の事実)、不動産競売執行停止の申立ての依頼を受けた際、残債務の正確な調査をすることもなく、右執行停止は容易になし得るものと軽信し、依頼者から供託金及び弁護料として現金三〇〇〇万円を受領したにもかかわらず、特段の対応をとらずにいたところ、裁判所によって、不動産の売却許可決定がなされ、不審を抱いた依頼者が供託書の交付を要求するや、自己の過誤を糊塗しようと考え、別事件で保管中の供託書を用いて供託書コピーを偽造した上、これを依頼者に手交して行使し(判示第四の事実)、さらに、右過誤及び供託書の偽造が依頼者に発覚し、依頼者から前記三〇〇〇万円の返還を要求されたが、すでにその中の五〇〇万円を費消していて返還できなかったため、自己が破産管財人として預かり保管中の破産財団に属する金銭を流用して右五〇〇万円を支払ったという事案(判示第五の事実)及び建築続行禁止の仮処分の申立ての依頼を受けて、依頼者から供託金五〇〇万円を受領したが、これを事務所経費等に流用したにもかかわらず、依頼者にはすでに供託した旨述べていたところ、不審を抱いた依頼者から供託書の交付を要求され、前同様の方法で供託書コピーを偽造した上、これを依頼者に送付して行使した事案(判示第六の事実)である。右のとおり、本件は、現職の弁護士であった者の弁護士業務に関する犯罪である。そもそも弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とし、その使命に基づき、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力すべき責務を有する(弁護士法一条)ところ、被告人の行為は、こうした理念に真向から反するものである。弁護士の行う業務は、高度の専門性のゆえに、依頼者や社会一般からみて、その実態を明確に理解し、これを統制することは容易ではなく、それゆえにこそ自律的な高い倫理性が要求されているところであるが、被告人の行った行為は、一般の社会秩序さえも踏みにじったものであり、弁護士一般が、専門性の名の下に、理念としての崇高な使命とは裏腹に、他のいかなる職業においても求められている最低限の規範すら守っていないのではないかとの疑問を投げかけたものであり、国民の弁護士、ひいては法曹一般に対する信頼を失墜させた被告人の責任はまことに重大であるといわなければならない。しかも、業務上横領事件については、いずれも、裁判所によって選任され、その監督を受けつつ破産財団の管理及び処分を行うという公の機関たる破産管財人の地位を悪用して行われたものであり、裁判所の行う破産手続きに対する信頼をも大きく損なったものである。被告人が前記のような犯行を累行したのは、被告人の事務所経営がルーズであったために事務所の経費等に窮したことが原因であり、また、公文書偽造同行使事件については、自己の業務上の判断の過誤を糊塗するため、あるいは、預り金を費消して受任事務を遂行しなかったことを隠蔽するためになされたものであり、いずれもその動機において酌量すべき点は皆無である。さらに、業務上横領にかかる被害金総額は約一二五〇万円の多額に及ぶこと、社会的信用性の極めて高い公文書を偽造行使してその信用を害したことなどを考慮すれば、被告人に対しては強い非難が加えられるべきであり、実刑をもって処断するのが相当であるとも考えられるところである。

しかしながら、他方で、業務上横領事件の被害金は、元同僚の弁護士有志の手によってではあるが、全て被害者に弁償されていること、被告人は、当然のこととはいえ、すでに福岡県弁護士会から除名処分を受けた上、本判決の確定によって法曹資格を剥奪されることになるなどの社会的制裁を受けていること、前記のとおり、元同僚の弁護士が被告人の救済に奔走し、また、被告人の寛大処分を願う嘆願書が七〇〇名を越える人々により作成されている事実に照らすと、被告人が、本件に現れたルーズで無責任な性格とは別に、人間としての善良さや奉仕的精神を併せ持っていることがうかがえること、さらに、被告人は逮捕後今日まで保釈の請求をすることもなく相当長期間にわたって身柄を拘束されていること、前科・前歴がなく、本件について反省・改悛の情が明らかであることなど被告人にとって有利に斟酌すべき事情も存する。

これら被告人に有利不利な一切の事情を総合考慮した上、被告人には、今一度社会内における更生の機会を与えるのを相当と考え、主文のとおり、執行猶予付きの判決をすることとした。

(裁判長裁判官仲家暢彦 裁判官洞敏夫 裁判官中園浩一郎)

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